「大瀧詠一」
大滝詠一

ベルウッド/ソニー 1972 

 




 ジャイアント・ステップス始動



これだけ長いこと自身の新作アルバムが出ず、せっかくプロデュースしたアルバムも、当の本人の意図通りか、まったく売れずにいると、ますます「大滝詠一」の名を記憶する日本人は減ってきたのではないでしょうか。

数年前にようやく出した超久々のシングルはたしかにヒットしたけど、これだけ流行りすたりの推移が早い世の中では、せっかく買ってくれた若いファンにも、きっともう「何か、そういえばいたね、そういう一発屋(←!)」ぐらいにしか思われてないことでしょう。

それではイカン、と、大瀧詠一ワークスを世の若い層に〈布教〉することは、私のライフワークの一つだと勝手に思っております。



本来なら、40前後の日本人の多くが知る大ヒット作にして永遠の名盤「ロング・バケーション」をこそ取り上げるべきなのでしょうが、「ロンバケ」は既にいろんな人がいろんなところで語ってますので、今回は、僕の中で「ロンバケ」に勝るとも劣らない愛着がある「大瀧詠一」を取りあげます。


このソロデビュー・アルバムは、大滝詠一が、伝説のバンド「はっぴいえんど」の解散に前後して、「はっぴいえんど」の同志である細野晴臣、松本隆、鈴木茂の協力のもと、当時の全身全霊をこめて制作した若き緑の日の記念碑的なアルバムです。


大瀧詠一その人のプロフィールや私見は、別項で詳述しておりますので、ここでは深入りしません。

原則的にこっちのコーナーはあまりマニアックにならないライトなエッセイを志向しておりますので、大瀧詠一のジャイアント・ステップスそのものに関しては、別項に譲り、単に一枚の男性ボーカルのアルバムとしての「大瀧詠一」というアルバムを語りたいという心づもりではおります。
というものの、どうしても大瀧詠一史の中のファースト・アルバムという歴史的な側面も無視はできず、ついついマニアックなことを言っちゃうかもしれないんで、ご容赦くださいますよう。…



大瀧詠一のジャイアント・ステップスの序章であるこのアルバムでは、アルバムのタイトルが「大瀧詠一」となっています。


この段階では、まだ二つの名前の使い分けがハッキリしていませんが、一応、後に確立する区別としては、音楽プロデューサー、ソング・ライターが「大瀧詠一」で、歌手が「大滝詠一」でゴンス。
紛れもない同一人物なんですが、別の法人なり(?)。
(冨樫明生とm.c.A.T.の関係と同じですね。いや、こっちが先ですけど。色川武大と阿佐田哲也、栗本薫と中島梓の関係、とはちょっと違う、かな?)

だから、理論上は、大瀧詠一の書いた曲を、大滝詠一が自ら歌ってるわけなんですね。




「あのさ、俺、この前大滝詠一の『カナリア諸島』をカラオケで歌ったよ」

「へえ、大滝さんの歌って、難しくない?」

「そうね、大瀧さんの書く曲ってトーンが高いからね」

「あれは大滝さんにしか歌えないでしょ」

「うん、でも俺、やっぱ大滝さんの歌声ってすきだわ」

「てゆうか、大瀧さんの作曲センスがそもそもイイんだよね」

「そうそう、『シベリア』とか、『カレン』とか、最近の『幸せな結末』と
か、作曲のセンスも神技に近いね」

「俺もデビューするときは大瀧さんにプロデュースしてもらおっかな」

「で、コーラスを大滝さん自身にしてもらったりとか?」

「そうそう、で、詞は当然、松本隆で」

「彼って、海まで車を走らせて、車のボンネットに座って、結局はふられて、
 青春は甘ずっぱい、みたいな詞がお得意よね」

大瀧自身の詞もすきだけどね」

「そうね、大滝本人が歌ってるのだと、大瀧の詞って、あんまりグッと来な
いけど、『夢で逢えたら』とか『あなただけ I LOVE YOU』とかの大瀧
の詞は情緒があって、いいね」

「じゃ、今から大瀧さんの事務所行って、大瀧さんにプロデュースを頼みに
行こうか」

「賛成!ついでに、大滝さんにカラオケに連れてってもらおう」

「で、大滝さん自身に、大滝詠一ソングを歌ってもらうの(笑)?」

「そうそう(笑)」


…てな具合に使いわけることになります。



閑話休題。


何といっても、大滝詠一の24歳のときのアルバムだけに、声も音も、若い若い!

「おもい」「朝寝坊」のファルセットなんて、後のアルバムでは滅多に聴けない〈ういういしさ〉ですね。

個人的にとくにすきな歌としては、「乱れ髪」「空飛ぶくじら」でしょうか。
前者の物憂げな頽廃的な美。後者のシニカルな世界観。
大瀧先生も松本先生も、本当に若かったのねェ、と、いい意味で嘆息せずにはいられないみずみずしさですね。
後者は、ボーナス・トラックのピアノのイントロがつくバージョンが僕はお気に入りです。

(ここで、ちょっと註釈。
このアルバムは、現在出回っているCDでは、合計22トラックの豪華アルバムですが、これはボーナス・トラックが入った結果なので、アルバム本体は5〜16トラックなのだということは、頭の片すみにでも入れておいてやってくださいな)



その他でいうと、「乱れ髪」よりさらにアンニュイな「指切り」、郷愁的な「水彩画の町」といった松本隆初期の純水世界。
その一方で、パロディーとしてプレスリーのモノマネを披露する「いかすぜ!この恋」、大瀧必殺のナンセンス・ソング「びんぼう」などの〈音楽遊戯〉路線。

後のアルバム「ロング・バケーション」「イーチ・タイム」では大人の商業イズムのもとで見事なコラボレーションを見せた大瀧−松本コンビの、本質的には異なったキャラクターが、若き日のこのアルバム内では、あちこちに覗けるようで、かなりおもしろいですね。



翌年に出る細野晴臣の「HOSONO HOUSE」は、バンド解散後の細野の私小説的なものと位置づけられています。

いっぽう、こちらは、まだ「はっぴいえんど」続行中の時期のものだけに、大瀧カラーが全面に出ているというよりは、「はっぴいえんど」における大瀧のリーダー作を1枚にまとめたもの、という感じもたしかにします。
いわば、「はっぴいえんど」番外編というような。
実際、細野も松本も鈴木も、ごく当たり前のようにほとんどの曲に加わっています。

でも、当然のことながら、結果としてできたアルバムは、間違いなく細野でも松本でもない、大瀧個人の意思がいちばん強く反映されていると言って間違いはないでしょう。

そして、やはり、このアルバムと細野の「HOSONO HOUSE」には重大な根本で、見落としたくても見落とせない共通点があります。
2作に共通の〈匂い〉
それは、陳腐な言い方ながら、〈若さ〉という匂いだ、としか私には言えません。


(ここから先は、関口宏の声マネでもしながら読んでください)


後の「音のデパート」となる前の、そのときそのときの「歌心」に忠実に歌いたい歌を素直に歌い上げる喜びに満ちあふれているのがファースト・アルバム「大瀧詠一」だったのではないでしょうか。

それは、「プロデューサー」となる以前の一人の「歌手」としての本能的喜びだったに違いありません。

はっぴいえんどのメンバーたちとの作業とはいっても、完全なる「大滝詠一」自身の名義によるソロアルバム。
正真正銘のソロデビュー。
音楽家としての本当の意味での旅立ち。


作品の完成度としては後のヒット盤「ロング・バケーション」「イーチ・タイム」にはとても及びませんし、「音のデパート」としての大瀧の特徴を掴むなら、「ナイアガラ・ムーン」「レッツ・オンド・アゲン」が欠かせませんが、案外、一歌手としては、本人もこのデビュー盤をいちばんお気に入りなのではないか……と、そんな感傷的なことが、ついつい思われてなりません。


そのことを証明するかのように、このアルバムの95年再発盤では、大瀧詠一自らが、
「あんた、よっぽどヒマなのねェ〜」
と言われかねないほどの膨大なライナー・ノーツに健筆をふるっています。

そして、そのライナー・ノーツをこう結んでいます。


「自分で再び聴いてみて、古くからの格言である〈全ては最初にありき〉を
痛感いたしました。
可能性、では、これが一番です。
この大滝詠一の全盛時代の歌声を、より多くの人に聴いていただけることを
切望いたします。
                              大瀧詠一」


                                     (2000年6月)

 

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