『ドラゴンボール』

鳥山明

 

集英社

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「〈天才〉について」





かつて、僕が今よりも若かった、大学1年生の頃、ものした文章があります。
そこから話を始めます。

日づけを見ると、1995年の3月から4月になっています。
すなわち、連載が終わる直前の、対魔人ブウ戦の頃ですね。

少し長くなりますが、引用してみましょう。




「断末魔の呻き声」     小林孝博


 『ドラゴンボール』がどういう状況にあるかは、世間で言われている、まったくその通りだと思う。つまり、本来なら終わっているべきところを無理矢理続けている。この作品がそもそも漫画史的にどういう価値を持つのか、また、鳥山明とはいったいどういう漫画家なのか、を巨視的に観察しなければなるまい。


 『ドラゴンボール』は最初、無邪気な『西遊記』的冒険譚であった。そこから現在のスタイルになるまでには、数回の天下一武道会を経て、レッドリボン編、ピッコロの登場、ベジータの登場、ナメック星への旅とフリーザの登場、人造人間とセルの登場、そして、最近の魔人ブウ、と目まぐるしく動いてきた。その間に、悟空から悟飯、悟天、トランクスへの主役交替もあった。

 かくして、『ドラゴンボール』は、幾世代にもわたる時間的拡がりと地球からナメック星までの空間的拡がりを持つ正真正銘の大河マンガとなった。
 ただし、これは〈結果として〉そうなったにすぎない。すなわち、これは、およそ作者である鳥山明の本来の構想を超えたものであり、単に人気が出すぎてやめられなくなったのを無理に続けた結果でしかない。

 本当は作者の意図としては、これほど長いものを描くつもりではなく、『西遊記』のスタイルを借りたエキゾチックな中国的ムードの中で松本零士調冒険ストーリーを伝奇的に描こうとしたにすぎないはずである。


 鳥山明という人は、まぎれもない〈天才〉である。〈天才〉という語義自体の意味を追究すると長くなるので割愛するが、少なくとも、〈凡百の漫画家が真似したくてもできない才能〉を持っていることだけは、確実である。この事実は否定派の人でも認めざるをえないだろう。
 だが、この天才が、そもそもどういった作品を描いているときにその天才ぶりと遺憾なく発揮するかは意見が分かれるところだろう。私は、鳥山明とは、「ちょっとSF的でいながら、あくまでメルヘンっぽさを失わない牧歌的ギャグ」という作風において最も力を発揮する作家だと言い切れる。だから、正直言って、レッドリボン以降の展開には不満である。戦闘に終止するだけの漫画なら、ゆでたまご、車田正美、冨樫義博といった二流以下の漫画家にも描ける。しかし、上記のようなスタンスの漫画は鳥山明という〈天才〉にしか描けないものなのである。

 そんな彼の天才ぶりが最も如実な成果を見せたのが、他ならぬ『Dr.スランプ』であり、初期の『ドラゴンボール』であった、
 それでは、なぜ『ドラゴンボール』はかくも堕落したのであろうか。

 ドラゴンボールがひとまず揃って、一年間という猶予期間ができたときが、今思えば、一つのターニングポイントであったろう。ドラゴンボール復活までの間、悟空が亀仙人のもとで修行を積む、この修行編が〈ノリ〉において、原『ドラゴンボール』の最後のシリーズで、その次にはもう、名物となった「天下一武道会」がスタートしているのだから。
 作品の中心がドラゴンボール集め自体からバトルのほうへと移行した直接の契機が天下一武道会であることは周知の事実だが、その傾向はレッドリボン編、天津飯編、ピッコロ編とエスカレートし、ベジータが地上に降り立った時点でほぼ現在の形態が完成された。

 ベジータ編がもたらした功罪はその後の『ドラゴンボール』を考える上で欠かせないファクターである。ベジータが持ちこんだ概念として〈戦闘力〉というものがある。この〈戦闘力〉と後に登場する〈合体〉がベジータ以降の作品世界の基盤であることは、増井修氏の私的をまたない。氏によれば、『ドラゴンボール』(とくにベジータ編以降)では戦いにおいて重視されるのは、ハッキリと数値化されるこの〈戦闘力〉だけであり、この〈戦闘力〉は〈訓練〉と〈合体〉によってのみ増幅する。その点が『ドラゴンボール』をして他の戦闘漫画(『キン肉マン』など)と一線を画させているポイントというわけである。
 『ドラゴンボール』の戦闘というものは、純粋に〈戦闘力〉によって勝負がつく。それ以外のファクターが入りこむ余地はないのである。だから、「戦闘」そのものと関係のないドラマは限界まで省略される。これは一面、極めてリアル志向と言えるし、画期的である。『ドラゴンボール』は一切の贅肉を削ぎ落とした非常に潔い戦闘漫画であり、鳥山明の〈天才〉がなせる神技である…という指摘ができるだろう。

 しかし、〈戦闘〉に不必要な要素を限界まで切り詰めて、〈戦闘〉だけに集中する『ドラゴンボール』は、ときに、ある種の〈禁じ手〉に近い危険性をも孕んではいないだろうか。個人的な経験になるが、以前、小さな子どもに『ドラゴンボール』を読んできかせてやったことがある。すると、普段目で流すように読んでいるときには気にならなかったこの作品の異様さが浮き彫りにされたのである。なにしろ、ほとんどかけ声と擬声しかないのだから。厳しい言い方をすれば、こんなものは漫画ではない、と言わざるを得ない。
 はたして戦闘漫画が本当に戦闘だけに終止していていいのか、という疑問はどうしても生じてくるし、私自身はその命題に偽の判定をくだしたい。たしかに、〈訓練〉や〈合体〉以外のドラマチックな要素(「愛」など)を契機に主人公が奮起して、奇跡の勝利をおさめる、というパターンは陳腐であり、滑稽ですらあるかもしれない。しかし、だからと言って、〈戦闘力〉に優越した者が当たり前のように勝利するという前提のもと、ひたすらアクションシーンだけが繰り返される展開がいたずらに続く今のパラダイムは生産的と言えるだろうか。

 本当は鳥山明もそれをわかっていた。
 彼は天才だから、自分の才能というものの本質をよく知っていた。彼の本分とは、とどのつまり、「シュールでキッチュなメルヘン」以外にはないということを。
 なるほど、現在の『ドラゴンボール」的マンガなら、冨樫義博のような二線級にも模倣できる。しかし、たとえば、短編『新之助さま』のような「シュールでキッチュなメルヘン」は他の作家には絶対に模倣できない。このパラダイムを模倣しようとした他家の作品は、いずれも不様な失敗作に終わってきた。


 私は現在の『ドラゴンボール』とは、鳥山明の個性というものを考えた場合には、明らかに鳥山本来の持ち味を十分に活かしているとは言えないと確信するが、実は鳥山自身もそれを自覚していたという証拠があるのだ。

 ベジータ編以降で、実はとても興味深い時期がある。私はその時期を「グレートサイヤマン編」と呼んでいるが、セルが退治され、悟空が死んで、主役が悟飯に交替した時期であり、(結果的には)セル編から魔人ブウ編への移行期である。
 悟飯が学校に通い、ミスター・サタンの娘と友達になり……というこの時期の『ドラゴンボール』は、初期『ドラゴンボール』及び前作『Dr.スランプ』の再現ともいうべき、メルヘンタッチのスクールコメディーであった。
 あまりにも短い期間であったため、今や記憶している向きも少ないかもしれないが、このグレートサイヤマン編にこそ、『ドラゴンボール』堕落の鍵がありそうである。


 この「グレートサイヤマン」編で、実は、鳥山明は『Dr.スランプ』的世界への回帰を試みようとしていたのではないだろうか、ということは想像に難くない。
 ところが、実際にはほどなくバビディーが現れ、あっさりとベジータ編以降の戦闘−訓練−合体−また戦闘−のパターンへと逆戻りする。

 このあたりの事情が、メジャー誌連載の作家の限界を残酷なほど明瞭に示してくれている。『ジャンプ』というところは、読者の人気投票を執拗なまでに強く意識するところである。読者の大多数は、鳥山明に「キッチュでシュールなメルヘン」を描く天才でいることでなく、ひやすら戦闘が続く不毛ないたちごっこ的アクション紙芝居の製造機でいることを強いたのだ。作家を育てるのは読者である。今の小中学生たちは、あきらかにベジータ以後の作品世界のほうを支持した。その読者のテイストが、鳥山をして、グレートサイヤマン編を撤回させ、再び魔人ブウ編といういたちごっこ的アクション紙芝居への逆戻りをさせたのだ。きっと、鳥山は、ドラゴンボール探しから修行〜天下一武道会へ軌道を修正したときと同じく、読者サマの要望に従って、自嘲の笑みをうかべながらもしたたかにプロの作家として〈曲才阿商〉をしたに違いない。

 これが良いことか悪いことかはわからないが、いずれにせよ、今の『ドラゴンボール』が断末魔の呻き声をあげる生命維持装置つき漫画であることは確かなようである。





…と、この拙文を僕がものした数カ月後に、連載終了ですか。
既に大変な財産を築いた鳥山明は、もう〈曲才阿商〉はたくさん、と思ったのでしょうね。


さて、上記の稚拙な文章を読み直して、今も考えの変わらない部分と、今では見方が改まった部分と、もちろんあります。


「グレートサイヤマン」編のほうこそ、鳥山明にふさわしい、また、鳥山明にしか描けない世界がある、という確信は今もゆるぎません。

だから、あのままで、「グレートサイヤマン」シリーズのままで、悟飯のハイスクールライフを見てみたかったという気持ちは今でも強く持っています。
サタンシティーのアメリカンスクール風な高校で、超人的な力を必死にセーブしながら、ビーデルとの軽快なラブコメを展開していったなら…それはきっと、他の凡庸な漫画家には絶対に真似のできない、天才.鳥山ならではの、生活臭から解放された、いい意味で日本人離れした自由で楽しいスクールコメディーになっていたに違いありません。

僕はそれこそ読んでみたかった。かえすがえすも惜しいことをしたものです。

そして、そういった日本離れしたシュールなメルヘンにこそ、鳥山の本領は発揮されるという確信も、いささかも揺るぎません。


が、そのいっぽうで、あんなに軽蔑していた「戦闘紙芝居」としての『ドラゴンボール』も、今読み返すと、驚くほど鳥山の天才性が滲み出ていることは、認めざるをえないのです。

荒唐無稽なアクションの影に、しっかりと練り上げられた構成の緻密さは、絶対に見落とすわけにはいきますまい。

カリン−神−界王−界王神と積み重ねられた綿密な世界観。
悟空のシッポの秘密も、ピッコロがどこから来た者かということも、何だかんだでしっかりと辻褄を合わせてしまうテクニック。
レッドリボン編とセルとを、「ドクターゲロの研究」という共通項で有機的につなぎあわせてしまう手法。……

とくに、タイムパラドックスを扱ったトランクスを中心とした設定の妙は神技です。

そして、ピッコロも、ベジータも、フリーザも、セルも、魔人ブウも、どの敵も、一度として同じような決着のつき方ではありません。
それぞれが、まったく違った独自の展開でケリがついています。


間違っても、「いたずらに不毛な〈アクション紙芝居〉に堕落した」などとは言えないと、後になって気づきました。
天才は、読者の要望に迎合しながらも、やはり、それでも、天才としての精一杯の抵抗を、単調にならないための工夫をしていた。

それに気づいてあげられないようじゃ、それこそ報われませんものね。

ただの〈イタチごっこ〉なら、こんなに長きに渡って支持を得られるはずがない。
リアルタイムでの人気ならともかく、今でも読まれ続けているはずはない。…

むしろ、末期的なシチュエーションのなかでも、しっかりとマンガ的な醍醐味をまぶしつづけることができたということ。
その恐ろしさにこそ着目すべきでしょうね。



やはり、鳥山明は僕などの拙いお節介をはるかに超えた、100年に一人の天才だったのだ。







P.S.1
僕は、個人的には、悟飯とピッコロの関係がなんかすきです。
粗野な男の閉じてしまった心を、子どもの純粋な心が開放する、なんて、考えてみれば、かなりベタベタなパターンではありますが。……


P.S.2
それからもう一つ、忘れられないのが、レッドリボン編における「ジングル村」。
鳥山明は、「夏がすき。冬は嫌い」と公言する人だけに、ペンギン村にしてもカメハウスにしても、南国調が作品世界の主流です。が、そんな人が冬の世界を描いてみたら、そしたらやっぱりすばらしかった、と、この天才の表現力の多彩さに魅了されてしまうくだりであります。


                                     (2000年5月)

 

 

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